語学は上達する。だから大丈夫

こんにちは、くみです。

今回は英語の上達について、最近感じていることを。2つあります。

  1. 語学は車の運転のようなもので、必ず上達する
  2. 母国語でもしゃべるのが苦手な人はいるのに、外国語だとそれが許されないのはなんか変

 

 

目次

1. 語学は車の運転のようなもので、必ず上達する

1年前に比べて英語が上達してると褒められた!

8か月ぶりにタイのパンガン島に戻ってきました。ここには何人か友達がいます。彼らに会うのも8ヶ月ぶり。
友達のニュージーランド人にも、イギリス人にも「Your English is very good now, improving since last year」(英語すごくいいね、去年より上達してるよ)と褒められました!マラッカでも中華系マレーシア人に同じように褒められました〜( ´∀`)
実は去年の時点でも少しは話せていると思っていたので、『そんな明確に言われるほど去年はひどかったんや…』と思って少し落ち込みつつも、基本的にはimprove(上達)している事が嬉しかったです。

語学は『できるから頭がいい』というものでもない

でもこれってある意味当たり前というか…語学はそこまで特殊なスキルではなくて、使う頻度が増えるほどちゃんと上達するものなんですよね。

考えてみれば、私達は頭がいいから日本語のネイティブスピーカーでいられるわけでもないし、アメリカ人は頭がいいから英語を喋れるわけでもないですよね。どれだけ難しい単語を知っているかとか、綴りを間違えずに単語や漢字を書けるかとかの違いはあれど、特殊な事情がなければ大抵の国民は母国語を修得できています。

成人後からの大人学習者がどこまで行けるか、伸び率はどうかというのは確かにネイティブや幼児期からの学習者と比べたら違うでしょうけど、それでも、接している限りは、たとえスローでも上達していくと思うんです。

『日本人は英語が下手』なのは『使う必要性と機会がない』のが大きいのでは

ブログでも何度か書いていますが、私は32の時に初めての海外旅行に行き、33の時に初めて非日本人の友人ができるまで、英語は学校教育の時を除いて全く使わないできたし、喋る事はもちろん聞き取る事もほとんどできませんでした。

日本にいる限りは、英語を使う機会がなくても生きて行けます。
今まで私は何度か会社を変わりましたが、外国人がいたオフィスは1・2回くらいで、それも直接話す機会は皆無、広いオフィスの中で『あの部署に外国人がいるんだって…』という噂を聞いた事がある、という、まるで珍獣扱いでした。
もちろん業務はオール日本語、喋りもメールも文章もオール日本語、Webデザイナーの時にボタンデザインのあしらいで英語の単語を併記するくらい。HomeとかMenuとか。
そんな環境の中では、英語を使えるようになる必要もないし、英語に習熟する機会もありません。そんな中で身につく方が変です。

海外では『英語が話せない』事の捉え方が違うけど、くじけない

例えばグッドキャリアを目指すためには外国との関わりが必須になる東南アジアでは、このような日本の環境はなかなか理解しづらいでしょう。
英語ができなくても勉強や研究ができて、英語ができなくても良い大学を卒業できて、英語ができなくても良い仕事に就ける… 東南アジアで暮らしていると、そんな事言われてもちょっと想像しづらいのは分かります。

なので最初のうちは悔しい思いをする事もきっとあると思う。英語が未熟な事によって、時にまるで知能が低いように扱われたりもします。

だけどそれは今まで十分な必要性と機会がなかったからかもしれないし、今からでも上達していけるんです。なので、今の地点が例え低かったとしても落ち込んだり恥ずかしく思ったりしないでほしいし、今必要性があったら機会も作れるし上達もしていけます。大丈夫。
今の地点は通過点でしかないんですよね。上達度合いを評価してくれる言葉に耳を傾けよう。これは自分に対しても言っている言葉ですけど。

2. 母国語でもしゃべるのが苦手な人はいるのに、外国語だとそれが許されないのはなんか変

私はちょっと耳が悪いのか、母国語でも聞き取れないことがよくあるし、10代の頃は母国語でもどもっていました。話すのもゆっくりです。

これが外国語になったからといって急に早く喋れるようになるわけはないんですけど、なぜかそれができないと日本人から英語ができないとみなされたりするんですよね…。ちょっと言いよどんだりつっかえたりしたらすぐにjudgeされます。それがストレスになるので日本人の前で英語話したくない、っていう事もあったりする。(もちろん全員じゃなくて限られた層ですけど)

母国語でも喋るのが苦手な人はいるのに、なんで外国語だとそれが許されないんでしょう。
きっとそういう概念を持っている日本人の脳裏には、スピード速く喋るネイティブスピーカーやESL(English as Second Languare、英語を第二言語として学ぶ人々)の姿が焼き付いていて、ああでないと英語ができると認めない!という既成概念があるんでしょうけど…
母国語だとゆっくり喋る人もいれば速く喋る人もいるというのは分かるのに、外国語になるとそういう概念が消えてしまうのは本当に不思議です。

また初級学習者は発音や文法に間違いがないか考えながら喋ったりするので、スピードが遅くなるのは分かります。それは車の運転と同じで慣れの問題だし、慣れてないからといってそこに目くじらを立てるのはちょっと違うんじゃないかなー。
例えば初心者ドライバーが動作を確認しながら運転してるのに「ほら今曲がれたのに!遅いよ!もっと早く動かさないとダメだよ!」とか横で言われ続けるのはちょっとうっとおしいですよね…

今は私も基本的な文は日本語を介さずに、思考もそんなに介さずに口から出てきますけど(What would you like to eat tonight?とか)、慣れない文章はやっぱりちょっと考えちゃいます。(こういう反射神経を上げるのに『瞬間英作文』のような種類の訓練がいいのだと思う)

自分でそこを自覚して訓練するのはありだけど、他人がその状態だけで下手とかjudgeして指摘するのはdemotivateなだけじゃないかな。

確かにナチュラルに英語を喋れるようになってきたら気持ちいいんですけど(最近そんな感じ)、それが苦手な人だっているし、喋るのが下手イコール英語が下手というわけではないし(もしそう言うならば私は『日本語が下手』という事にもなる)、今はできなくても耳とか口が慣れてきたら少しずつ上達する種類のものだし、そういうモチベーションキラーはなぜか同国人に多いですけど、まあ気にしないでこつこつ外国語習得を楽しんでいきましょう。

しかし自分が少しずつ英語の発音に慣れてきてますます思うけど、本当に全く日本語の発音と違うしこんなの最初からできなくても至極当たり前だよ〜。いったい英語圏の人のどれだけが最初から日本語をちゃんと発音できると思ってるんだ。友達はずっと「ドィー タシ... マシテ」だぞ。

 

他にも「ブロークンイングリッシュでいいのだ!は正しいか?」とか「発音から学ぶべき?文法から学ぶべき?どちらもどうでもいい?」とか、まだ色々と最近気になったことは多いのですが、それはまたの機会に。

今回は最近英語の上達をネイティブスピーカーや英語上手なESLから褒められることが続いたので、嬉しさついでの記事でした。v('∇')v
( ´-`).oO(ネイティブスピーカーに褒められる>>>日本人にけなされる)

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