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回顧・月300時間残業するとどうなるか

こんにちは、くみです。

はてなブログでトピック「残業」というのができていて、私も時々Twitterで思い出したように社畜時代の話をしだすことがあるので、このブログの他の記事とはちょっと毛色が違うのですがせっかくなので書いてみます。

ちなみに私の社畜歴史としては

  • 第一期(20代):札幌時代
  • 第二期(30代前半):東京時代
  • 第三期(30代中頃):フィリピン時代

とありまして、ひどい話として出すのは大体第一期の事です。東京時代は仕事が楽しくて楽しくて自ら徹夜してましたし、フィリピン時代はまあ…管理職の責任感から長時間オフィスに残ったりもしていましたけど、労働自体は札幌時代ほどひどくはなかった…と思う…。仕事の中での裁量というか、出来る事とか決められる事が多いと、報酬が低くてもやっぱり仕事自体は楽しいですし。

目次

札幌時代の私は異様にブラック遭遇率が高く、例えば『深夜残業を申し付けられて残っていたら経営者による強姦未遂に遭った』みたいなショッキングなやつもあるんですが、今回は残業時間に焦点を当ててその点で一番ひどかったところの事を書いてみますね。

社畜スペック

  • 業務内容:Webデザイナー+DTPオペレータ(Webデザイナーで入ったんですが、会社のメイン業務がDTPでWebの仕事少なかったのでDTPの方もやってました)
  • 契約形態:裁量労働制の契約社員(正社員募集だったのですが、新入社員はみんな契約社員から始めるという謎の俺ルールで契約社員に。ちなみに実質的な裁量は一つもありませんでした)
  • 社会保険・雇用保険:あり(雇用保険があるのは助かった)
  • 手取り:14万ちょっと(求人時に額面20万で応募が出ていたのですが、それは正社員登用後の条件ということで何故か採用後自動的に額面17万まで下がった)※当時札幌でWebデザイナー求人で額面20万は比較的高給でした。今は知らないけど
  • 残業代:一切なし
  • 深夜割増:一切なし(裁量労働制でも深夜割増がないのは法律違反らしい?)
  • 休日手当や振替休日:なし(制度上は振替休日はあったんですが、有給すら忌引か病欠でないと使ってはいけないと言われていたので振替休日など実質消滅するのみ)

手取り14万ちょっとで無償残業300時間とか今思うとアホかという条件でしたが、当時は責任感と向上心を糧にやっていたなあ…。
計算したら額面でも時給500円もなかったので、コンビニのほうがお金稼げるよなあ…と思いつつ、でもスキルを磨きたいし…!とやりがい搾取されてた感じですね。

東京に転職したら順調に200万以上年俸上がったので、ほんとに居た場所が悪かったんだと思います。私が貢献できる場所は他にあった。

残業時間

もう10年以上前のことで当時のタイムカード残ってないですけど、当時の生活から計算すると残業時間はいつも大体月250〜300時間くらいあったと思います。(これにプラス8h×20=160hなので労働時間は大体400〜450時間くらいか…。)

平日は大体朝2〜4時、月に3・4日は案件的に徹夜必須(チーム全員)、土日も半分以上は出るみたいな感じでした。友達の結婚式に出て、二次会出ないでそのまま会社直行とかしてましたね…

過労死ラインが80時間と聞いて、「えっそんな少なくてどうやって死ぬの?!」と思った覚えが…。(職種が違うだろうから自分には当てはまらないのだろう、とその時は自己解決した)

何が起こったか

むしろお金はなくなる

  • 身体がだるくなるので、たまの自分の時間には給与からすると分不相応なマッサージなどに通ってしまったり
  • 自炊が全くできないのでいつも外食になったり
  • ストレスが溜まるので深夜に一人で居酒屋に寄ったり(会社の近くに深夜2時までやっている焼き鳥屋があり、何とか深夜1時までに会社を出て、そこで一杯やって帰るのが日々の小さな目標であり楽しみだった時期がありました)

するので、むしろお金はなくなります。手取り14万の残業代0だからね!

また辞めたあと燃え尽き症候群で鬱状態になって布団から本当に出れなくなった期間がある程度あり、そのあと10ヶ月ほど働けませんでした。もらえたの失業手当くらいだったから大変だったなあ。心だけで身体は壊さなかったのが不幸中の幸いです。

定時の定義がずれる

契約上の定時は19時だったんですが、誰一人帰らず、終電間際の0時が定時の感覚で、それからどれくらい残業できるかが勝負みたいな感覚に完全になっていました。誰かが23時に帰ると「あ、今日早上がりなんだな」みたいな。19時は夕ご飯チャイム。

ちなみに朝は9時半に出社しないと周りに迷惑をかけるので遅刻厳禁です。クライアントからの電話に出れないし。午前中仕事してないようなだらしない社員と思われたら困るからね!

休みの時は意識を失いがち

休みの日に美容室に行った時、起きているのが困難で頭がグワングワン揺れて美容師さんが切りづらそうだったのを覚えてます。

友達に平日飲みに誘われると憎しみを抱くようになる

早く帰れて1時みたいな生活だったので、平日に飲みに誘われると「平日の19時なんかに飲みに行けるわけねーだろうがクソが!!!いいご身分だな!!!」みたいな筋違いの憎しみを友達に抱くようになってやばいです。あの頃Facebookがなくてよかった。mixiはありましたけど。

バックオフィスの人や派遣社員の人に憎しみを抱くようになる

同じような手取りで夕方5時に帰るバックオフィスの人や、残業した分はきっちりお金をもらえる派遣の人についつい憎しみを抱いてしまうようになります。派遣の人は残業させると経費が増えるので、必要以上に残業させないですし。

「彼女たちとは仕事内容が違う、私はスキルのために仕事をしている」と何度も自分に言い聞かせて、憎まないように努力した覚えがあります…。

しかし派遣の人が例えばDTP業務で時給1,400円もらってたとしたら、こちらは時給500円以下ですからね…。みたいな事を考えだしたらいけない。

同僚同士で監視しあう

仕事を早く終わらせようと努力して終電前に帰っていた時期があったんですが(と言っても23時とかだけど)、ある時食堂で別の部署のサブチーフにいきなり「最近やる気ないんじゃないですか?」と言われました。

心当たりがなかったので(仕事はむしろ頑張ってたし、その人Webの仕事分からないので私の仕事を評価できるはずがない)ちょっと考えて、「…もしかしてタイムカードですか?」と聞いたら、
「まさにそれですよ!最近早く帰り過ぎじゃないですか?」「自分の仕事を終わったら自分勝手に帰らずに、他部署の仕事を手伝うのが筋じゃないんですか?」と。

心底気持ち悪いと思ったし、他人のタイムカードを監視してる暇があったら仕事しろよと思います。
私DTPできるからDTPの部署手伝えるけど、こいつWebできるわけじゃないから私の仕事手伝う事なんてないしなー…。

あとやめる時にも、同僚に「“変なところ”にチクらないでくださいよ、昔大変だったんですから」と言われて何だろうと思ったら、以前に営業の子がやめたあと労働基準監督署に話をしたせいで会社に大変な迷惑がかかったという事でした。経営陣ではなく同僚にそんな脅され方をするとは…。

見た目がどうだったか思い出せない

何を着ていたかも思い出せません。単に私の記憶力が悪いだけの可能性もありますが…

太る

運動する時間もないし、ストレスで暴飲暴食するしで太ります。54kgから72kgまで太りました。

記憶が抜け落ちる

退社後しばらくして、街で元会社のグループに偶然会った事があるのですが「おひさしぶりです!」って声をかけてくれた女の子が本当に誰だか思い出せなくて、「あ、ごめんなさい、私同時期に働いてましたっけ…?」ってなりました…。
今でも思い出せないのですが向こうは私を知っていたのでおそらく一緒に働いてる。思い出せなくて本当にごめんなさい。

なぜそんなに残業が恒常的に発生していたのか

私の要領が悪くて残業が発生していたのなら私の責任なのですが、会社全体がそうだったので仕組み的に問題があった事は明らかです。原因を考えてみました。

会社のカルチャー

上にも書きましたが、「自分の仕事が終わったら他部署を手伝う」「終電前に帰るのはやる気がない」みたいな空気が色濃くありました。
中には終電が過ぎるまで漫画を読んで時間を潰している子なんかも居て目を疑いました。(結構家が遠い子だったんだけどいつも会社の経費でタクシーで帰っていたので、多分利益的には…。あれ、今考えるとタクシーで帰るために時間潰してたのかな?)

上に書いた他部署のサブチーフは「私、この会社を辞めたらデザイナーを辞めます!」って言っていて、この人にとっては『職種<会社への所属意識』なんだ…。とドン引いたのを覚えています。ある意味仕事意識が低い…。大学サークルじゃないんだから…。

無茶な納期の設定

月に1回絶対に発生する、チーム全員で3〜4徹するルーチンの仕事がありました。なぜそんなに徹夜がかさむかというと、クライアントにその日程で上の人が約束しているんですね。原稿が入ってくるのがそういうスケジュールなんだからしゃーない。みたいな。

入稿も納期もずらせないなら人員をその時期だけ増やせば…という案も、派遣社員を使うと金額が高くなって真っ赤になるからという事で、その仕事はずっと徹夜当たり前のルーチンワークとして存在しました。誰のどんな努力でも回避できない、必ず発生する月3日〜4日の徹夜。
1回チームが全滅しそうになって誰か1人寝ないとという事になり、私は女だからと朝の5時に帰らせてもらえて、その代わりに一度寝たクリアな頭で他の人の仕事にミスがないかチェックしてくれ…と頼まれたのも思い出深いです。もちろん仕事が詰まっているので、朝9時半出社は厳守。遅れたら遅刻だよ!

仕事の金額設定が安い

その会社には新規の仕事を取ってくる営業は基本的に存在せず(『営業職』は居ましたが、クライアントとのコミュニケーションを取るだけの役割でした)、仕事は経営層やチーフが個人のつてで取ってくるという感じでした。つまり仕事が現場に降ってくる前に金額が決まっています。

一応各個人に月に稼ぐべき目標数字は振り当てられるんですけど(自分の給料の2.5〜3倍分の売上をこなさないと会社としてはペイしない、とここで教えられたのはその後の人生でも役に立ったので良かったと思います)、何しろ単価が安い…。2時間かかるもので1回1,000円とか。仕事が安ければ当然その分の人件費はかけられないので、無償労働でそこを埋め合わせるという形になります。

会社をやめてから、それは従業員の時間という資源を搾取していたという事ではないか?と思うようになりましたが、当時はそこまで考えられなかったなあ…。
徹夜したら1人で1日につき3人日出せるようになるから人件費1/3に圧縮できますもんね。人件費がメインのWebとかDTPとかはそりゃ値段的な競争力出るよね。

 

私がいた期間はWebの新規立ち上げ案件は1つもなく、全部ルーチンの更新業務だったのでそれも単価が低い理由の1つだったと思います。キャリアにもならず困りました…。北海道だから仕方ないのか…?

時間短縮にも限度があるしなあ…
一度何かの業務をExcelを使って時間短縮したんですが、チームの人Adobe製品は使えるけど誰もOffice使える人いなかったので、多分あれ引き継がれなかったんだろうなあ…。
まあほとんどの作業はIllustratorかPhotoshopかDreamWeaverでやるので(私はFireworks派でしたがDTPデザイナーが使えないという事で使用禁止だった)、ショートカットを駆使するとかバッジ処理を作るとかそんなレベルなのかな…時間短縮

今思うと

自分に元々自信や自尊心が欠けており、それを削られ続け壊れるまで抜け出せない状況だった

今振り返ると、当時の私の仕事がいまいちな部分も多々あったので、当時の同僚からは別の言い分もあるかもしれません。今よりもっとコミュ障だったし、デザイナーは向いてなかったと思うし。
でもそれを差し引いても、客観的な数字だけでもちょっと…。これはないかな…。

当時は私自身に本当に自尊心や自信が欠けていたので『ここを辞めたら次に働けるところはないんじゃないか』『他の人も同じ条件で働き続けているのに、自分がやれないのは努力や能力が足りないんじゃないか』みたいな気持ちにずっと苛まれていて(その会社で評価が低かったのもそれを助長していました。今考えると私以外誰もJavascriptが書けないような状況でWeb系の評価が正しくされるかどうかというと、難しいんじゃないかと思いますけど…)

別の場所では評価されるかもしれない可能性がある

東京でWeb戦略提案系に転職してからは、評価される点も指摘される点も納得行くものになったし、評価してくれるボスやクライアントにもめぐり会え、少しずつ自信を蓄積していきました。

その経験から、人間いるところを間違うと大変なんだな、3年は頑張らなくちゃとかよく言うけどケースバイケースだな、と思うように。東京の仕事は年俸ずっと高かったし充分キャリアにもなったし何より仕事が楽しかったもんなあ。

この会社に居た期間は、お金も減るしルーチンワークのオペ仕事ばっかりでキャリアにも全然ならないし、スキルって言っても向上したのIllustratorのオペレーションスピードくらいなので、その後の自分の仕事経歴と仕事経験からすると本当に暗黒時代だったなと思います。
(今思うとね。当時はきっと自分に場を選ぶ力もなければ、場を見つける知見や経験も不足していたから、場所のせいばかりでもなく私の責任も多々あるんでしょうけど。本当に仕事ができる人は自分で仕事を作るんだよね)

今の私の仕事観

自分の名前での仕事がしたい

今の私はたくさん働くことからはちょっと離れているんですが、それでも労働人生を通して、仕事は好きな方だったと思います。

ただ、他人のビジネスに名無しとして長時間労働で組み込まれるのはもう避けたいですね…。やっぱり自分の名前で仕事がしたいなと思います。少なくともキャリアや経歴になる仕事。自分の仕事だったら、明け方まで働いても徹夜しても苦にならないんです。

組織の中で働く事で得られるものはたくさんあるし、私は仕事人として生きる上でそういう時期は絶対に必要だと思うし、もしかしたら自分は今そういうところから離れているので色々失い続けているものがあるかもしれないですけど…、

今はちょっとお休み期間だけど、幸せ

今はちょっと疲れちゃったし、食べていけるなら私は今の暮らしが一番幸せかなあ。

未だにバリキャリが羨ましいなあと思う時もありますけど、私そんなに仕事力もなければ要領も良くないし、何より組織を見る目があまりないんだなというのを今までの人生で思い知らされているので。男性に対してもそうかな…。苦しめられるくらいなら、ない状態で生きていく術を探す方がいい、ってなっちゃってるのかな。

東南アジアでは安く暮らせるので方向転換のための休息を取るにはいいですよ

月10万稼げれば東南アジアで生きていくのは今の時代ならまだまだ余裕なので、無償長時間残業で苦しんでいる人は何とか100万貯めて、会社辞めてリラックスしながら、生活の糧を稼いでいく術を見つける、というのが今の私から勧められる逃げ道の1つかな。

私自身も周りの人々の温情で生きている部分が大きいので、あまり大きなこと言えないですけど。
レールから外れても人生なんとかなる!
と願って。

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